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Global Standard




No Pain, No Gain


近よく日本の航空界で取りざたされている 「グローバルスタンダード」、どうもその意味も有利な側の使い方によってちぐはぐである。会社側は、「外国のパイロット並みに賃金を下げろ」と言う。一般大衆は「運賃を下げろ、日本のパイロットは給料もらい過ぎ」と言い、組合は「労働条件は海外より悪い」と言う。事実関係を立証するのが難しい領域でのあやふやな言い争いになってしまう。

それではアメリカメジャーエアラインの場合はどうであろうか。まず最大の違いは断固とした Labor Contract (労働協約) の存在である。コントラクトというと契約とも訳せるが、日本で言う契約制とか契約社員とはニュアンスがだいぶ違う。メジャーエアラインでは、ほんのわずかな管理職を除いて社員全員がこの協約書に基づいて働く。パイロットだけではなく、フライトアテンダント、カスタマーエージェント、ディスパッチャー、整備士、清掃員、ほぼ全ての職種である。そして、それぞれの業種グループを代表する労働組合が会社側と団体交渉して協約内容、つまり労働条件を決める。メジャーエアラインで働く人々のほとんどが協約内容に準じ働く「コントラクトワーカー」であり、組合員でもある。

ではその協約書とはどのような物なのだろうか。物理的には一冊の分厚いバインダーであり、コントラクトワーカー各自に支給される。その内容は、私たちの職場での労働条件の全てを網羅している。用語の定義から始まり、賃金、経費、移動、昇格、定年、解雇、労働時間、休息時間、訓練、病欠、休暇、スケジュール、セニオリティー、スコーププロテクション (会社合併、子会社設立、運航提携に伴い本流パイロットの仕事を流出から守る項目) 、とリストは続く。各項目の詳細を細かく記載しており、コントラクトに従って働けばよいし、反対にコントラクトに従って働かなくてよいこともある。多くのパイロットは、協約書のバインダーを携帯している。私も一部を抜粋してフライトバッグに忍ばせている。

協約内容は会社側と組合側の代表が協議をして争う訳だが、向うは安い提示をし、こっちは高い提示をする。アメリカで中古車を買う時のセールスマンとのやり取りみたいなものであるが、ひるんだ方が負けのハッタリ勝負でもある。協約自体の有効期間も交渉される重要項目である。3年から5年の場合が多いが、景気の変動などにより期間の長さで得をする側と損をする側が出てくるのは当然である。交渉はその時点で有効のコントラクトの期限終了1年くらい前から始まる。たとえ期限が満期となっても別にクビになる訳ではない。コントラクトの更新可能期間に入るだけで、そのまま旧コントラクトは効力を失わない。時として会社側が誠意なく交渉を延ばせば延ばすほど、インフレなどに対する賃金アップを遅らせることができることになる。勿論、組合側はその延びた分をさかのぼって支払うようにも交渉を進めて行く。

これでは折り合いがなく永遠に決着がつかないようにも見えてしまうが、そうではなくちゃんとしたシステムがある。交渉がお互いに暗礁に乗り上げた時点で National Mediation Board という中立調停機関に調停人による仲介を求める。そして、調停人が協議の間を取り持ちながら交渉を続ける。それでも決着がつかず交渉に進展が見られなくなった場合、調停人が Impasse 「これはお手上げです」宣言をする。この時点で一旦、交渉を中断して30日間の クーリングオフピリオド (お互いに頭を冷やせ期間) に突入する。その間に協議に前向きに臨む姿勢がとれなければ30日後に会社はその組合の労働協約を破棄することもできるし、組合はストライキに入ることもできる。その組合に属する社員は雇用主を無くし、同時に会社もその業種を失う。

私が経験した最近のパイロットストライキの場合、クーリングオフ期間終了を一分でも過ぎて出発した我社の飛行機は世界中に1機もない。同時にコントラクトを失った6千人のパイロットは解雇状態になり、当然給料もストップした。ストライキには期限が無く、お互いにどこかで歩み寄らなければそのまま会社がつぶれてしまうことさえも考えられる。真剣白刃どりの胸中であるが、そのストライキによる一般市民の被害が深刻化してくると先ずは大統領、次に議会が仲介に乗り出してこれるようにもなっている。

たいそうな出来事なのだが、なんとか同意にたどり着き協約書に調印された時点で 「バック・トゥー・ノーマル」、何事もなかったかのように仕事に復帰する。会社側も組合側もしこりを残さず有効になった新しい協約書に基づき仕事をし、何年後また有効期限が近づいてきたら交渉を開始してとサイクルを繰り返す。会社は他の業種の組合とも同じように交渉のサイクルを繰り返すが、別に全ての協議がストライキまで行き着くのではなく、それ以前に同意される場合も多い。

以上、アメリカの協約書について紹介しただけであって、そのあり方がグローバルスタンダードかどうかは語るつもりはない。ただこのコントラクトに対する概念とその詳細に理解がなければ、誰しもアメリカでの労働形態と比較したりグローバルスタンダードを掲げることは出来ないのではないであろうか。




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